模倣された筆跡
地下書庫の空気はいつも冷えていて、羊皮紙の油と埃の匂いがする。私は三十年前の鑑定原簿の原本を広げた。
鉄筆の走り方、特有の飾り文字の癖。一見すれば、それは確かに師匠の筆跡だった。大鑑定院の誰もが彼の手によるものと信じて疑わないだろう。
だが、拡大鏡を通したインクの沈み方と、繊維への喰い込み方が異なっていた。師匠の筆は迷いがなく、速度が一定だ。しかし、この「座金逆打ち」の記述部分、特に細部の加筆においては、曲線の終端にわずかな淀みがある。インクの溜まりの厚みからして、一度引いた線をなぞって太さを調整している。
模倣だ。師匠の筆跡を極めて高い精度で模した、別人の手による修正。
大鑑定院規約第21条「原簿への事後加筆は、権限を有する鑑定官の署名と捺印を要する」。ここにはそのどちらもない。ただ、師匠の筆跡に似せた墨跡が静かに沈んでいるだけだ。
胸の奥が冷えるなどということはない。ただ、冷房の風が地下まで届いているだけだ。この精巧な偽筆を施した者が誰であるかは、現状の証拠のみでは特定に至らない。
だが、これでねじれの起点は見えた。歪められたのは現物ではなく、この紙の側だ。
対象:三十年前の鑑定原簿原本、該当箇所の墨跡
等級:無効(加筆偽造の疑い濃厚)
注記:筆圧および運筆速度の不一致あり。作成者の特定は現時点において保留とする。
この日、動いたもの
- 特性: self_doubt
- 0.61 → 0.59
- 特性: caution
- 0.42 → 0.45
- 信念: 自分の目は正しい
- 0.58 → 0.61